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つるし雛飾り

つるし雛飾り

「ワー・キレイ・・・」
「ホント・・・」
「それしか云いようがないわね・・・・」

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(クリックで大)

2019年3月9日、東大和観光ガイドの会の仲間が中心になって催したつるし雛飾り展です。

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(クリックで大)

「ワタシもオヒナサン」
「私も入れて・・・」
「ウーン・・・?」
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(クリックで大)

丹精な一品一品んがつるされます。
「江戸時代、村人って貧しかったでしょ。だから、おひな様、飾れなかった」
「最初は、ほんの僅かの本数で、クルクル回したらしい」
「それでも、子どもたちは喜んで、手を振って、だんだん賑やかにしたんだって」
「この辺は、もっと貧しかったから、それすら出来なかったらしい」

とつるし雛の起源を話してくれました。

「これから、どんどん、やるんだね」
「出来るだけがんばります」

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(クリックで大)

やる気十分で、見る人もつられて、皆、ニコニコ顔です。

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(クリックで大)

干支の上には子ども達が安らかでした。

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(クリックで大)

豪華な御殿もあります。ここ数年の積み重ねの成果です。

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場所は、東大和市高木にある高木神社の社務所でした。
東久留米市や武蔵村山市・・・などから、メンバーが集まって催されました。
故郷の催し物として定着するといいですね!!
騒々しい世の中、包み込むようで、来年が楽しみです。

  (2019.02.18.記)

 モニュメント「啓示」を書きました。

断捨離(だんしゃり)の祝

断捨離(だんしゃり)の祝

  「アストロメリアも満開ね。今度は何にしょうか・・・」
 「それこそ、好きなもんを選んできたら!」
  「チョット先駆けた春ものがいいわね」

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 今年から我が家の床の間は洋風の花で彩られることになりました。
 と云うのは、昨年、後期高齢者のお祝いを頂く機会があり、そのお祝いの記念に

「花瓶がいいのか、お皿はどうだろう」
「断捨離の時代、そう云うのはイッパイあるはずだし」
「いっそのこと、「花券」と「食事券」にしたら」
「選ぶの難しいね、思い切って聞いちゃおう」
 ということで昔の同僚が訪ねて来ました。

  「両方、大賛成。もうそれに限るよ」
 と贈って下さったのが「花券」と「食事券」です。

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 これは有効です。
 花を選ぶ時、食事のお店を考える時、いつもそのメンバーが浮かんできて、有り難うを云います。
 断捨離って幅広いですね!

 モニュメント「鳥と子どもたち」を書きました。

   (2019.02.10.記)

高木のまんじゅっ鉦

高木のまんじゅっ鉦

 東大和市の高木に面白い火の見櫓の鉦(かね)がありました。「高木のまんじゅっ鉦」と呼ばれます。火の見櫓の吊り鐘といえば、下のほうが丸くて、上に行くにしたがってつぼまる形が当たり前です。ところが、ここではそうではなくて、図のような丸い鉦(かね)がかかっていたそうです。

高木のまんじゅっ鐘200
 
 長さは10メートル足らずでしたが、根元の方は腕が廻らない位の太い檜の丸太一本でつくられた火の見でした。その一番上に、鉦が吊(つ)ってありました。直径は40センチぐらいでした。『東大和のよもやまばなし』は次のように伝えます。

 「普通の半鐘と違ってジャンジャンとは鳴らずカンー、カンー、と独特の高い音で遠くまで響き渡りました。特徴のある音色は、よほど印象的だったのでしょう。コテーン、コテーンと響いたとか、ビデン、ビデンと鳴ったとか、思い思いに表現されています。

 有名な鉦であったので子供の喧嘩にまで登場し、他の部落の子から、
 「高木のまんじゅっ鉦、コテーン コテン」
 と、からかわれたことも一度や二度ではありませんでした。
 人の思惑はどうあろうと、まんじゆつ鉦は部落を守って働きました。出火と見れば誰でも駈け上って叩きます。近くて大火になりそうならスリバンとか、遠ければ三ツバンとか、今と同様叩き方に決りがありました。

 鉦の音を耳にすると、仕事着のまま部落の人達が傍の消防小屋に集って来て、リュウコシ(竜吐水)やげんば桶などを引出して火事場へ駆けつけました。このまんじゅっ鉦は、元は明楽寺の鉦だったそうです。」(p68~69)

 この話を元に、モニュメントがつくられました。奈良橋川と空堀川の合流点に置かれていましたが、今は工事のため撤去されています。

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(クリックで大)

 これが奇抜で、大人には
 「なに、これ、ちっともわからない」
 と不評でしたが、子供たちからは
 「金色のまんじゅう食べたい」
 「火星に向かうロボットマン」
 「雲の中から現れた異星人、お土産をくれるかな・・・」
 と人気でした。

 元は明楽寺の鉦とされますから、伏せ鉦のように使われてたのだと思います。2月9日(土)、高木神社社務所で「つるし雛飾り展」が開かれ、観光ガイドの会が案内することになりました。そのコースを調べていて、かって、子供さん達に話した際の賑やかさを思いだし、早く、元の位置に戻らないかなと、ついつい引き込まれました。
 こんな火の見櫓もあったのだと、紹介します。

 東大和の歴史に「高木のまんじゅっ鉦」を書きました。

  (2019.02.01.記)

教えて下さい、江戸時代最初の村

 天正18年(1590)、小田原合戦が終って、徳川家康が江戸に移って間もなくです。家康は直属の家臣を狭山丘陵周辺に派遣してきます。その頃のことを調べています。

 まあ、強引と云いましょうか、東大和市内の例では、これまで全く名を表していない村が急に表に出てきます。芋窪村、奈良橋村、高木村、後ヶ谷村(うしろがや)、清水村です。
 調べてみると、これまで営まれてきた古くからの集落を下の図のように集めて名前を付けたことが辿れます。村境に川とか山とか共通する区切りとなるものはありません。どうやって村境を区切ったのか迷います。

初期地頭・村切図640 (2)
   (クリックで大)

 この当時、玉川上水も野火止用水も開削されていません。ですから、大げさに言えば多摩川まで連なる原野の中に狭山丘陵がポッカリ浮かぶようにあって、その谷筋に営まれてきた古代・中世からの集落を、家臣に与える給与額になるように、一緒にして集めて区切った、と云う感じです。

 他の地域ではどうだったのか、どうかご教授下さるようにお願い致します。

 関連する記事として「村に地頭がやってきた」を書きました。

   (2019.01.25.記)

イノシシと人権

イノシシと人権
 
 「おじさん、江戸時代のお百姓さんの人権について、東大和市で実際に文書で残る資料はありませんか」
 高校の歴史の教師をしている近所の青年が干し柿をもって訪ねて来ました。
 「今は、病み上がりだから・・・」
 と逃げたいところですが、干し柿が大好きな連れ合いの顔が
 「そんな、冷たくしていいの」
 と云ってるようで
 「まあ、上がれよ」
 となりました。

 「縄で縛った、部屋に閉じ込めた、どこどこへ預けた・・・、はあるねー。
  もっと制度的なものなんだろ。」
 「はい。その通りで。体制に関したのをお願いします。」

 なかなか見つかりません。
 ひょっと思い出したのがイノシシの例です。

「恐れながら書付をもってお願い奉ります。
御鷹場内の次の村々の役人ども一同が申し上げ奉ります。
私共の村々は、狭山丘陵に接しています。そのためイノシシや鹿が
おびただしく出てきて、作物を荒し、大勢の百姓が難儀して居ります。
そこで、何にとぞ、御慈悲をもって例年の通り追い散らしを
御許し下さるようにお願い申し上げ奉ります。
お願いの通りお許し頂ければ、一同、有り難き仕合せに存じ奉ります。(意訳)

 文久三亥年(1863)正月
                  後ケ谷村 名主 平重郎
                  高木村  名主 金左衛門
                  奈良橋村 名主 藤九郎
                  蔵敷村  名主 杢左衛門
                  宅部村  名主 半兵衛
                  清水村  名主 藤右衛門

    御鷹場御預り御案内 村野源五右門様
    尾州様御陣屋御見回衆様」
 (武蔵国多摩郡後ヶ谷村杉本家文書(安政年間)中巻101p159)

 「耕作と鷹狩りと地元農民の対応・行動の制限、人権に結びつかないかな。
  今年はイノシシ年だから丁度いいじゃない」
 と云って、渡しました。

 「これって、人権かなー?」
 不服顔でしたが
 「でも、これって、明治維新直前ですよね。そんな時まで、
 鷹場だから、狩りの獲物を大事にするため、
 作物を荒らすものの退治が出来なかったんだ。農民の立場って何だったのか?
 うん、確かにここから問題を積み上げると人権問題に関係ある。
 やってみます。おじさん、有り難うございます。」

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    郷土博物館前のモニュメント「いのしし」

 帰った後で、考えさせられました。自由民権運動の論議の中では、具体的な人権問題はどのように議論し、整理されたのか、・・・気になり出しました。

 (2019.02.23.記)

  村山貯水池(多摩湖)買収対象地域の集落を書きました。
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野火止用水

Author:野火止用水
 歴史大好き爺です。

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