玉川上水 江戸時代の赤土に感動

 玉川上水は紅葉が真っ盛りです。行き来する人の心も和むのか、笑顔での挨拶が交わされます。

玉川上水小川

 その中で、都立小平西高校東側で、玉川上水の縁(土揚敷・散歩道の柵と上水の間)の発掘調査が行われていました。東大和市清水(武蔵大和駅付近)から国立駅に通ずる都市計画道路(東大和市内では「けやき通り」の愛称)の整備(架橋)に先立つ調査でした。

玉川上水発掘調査
両側の一部が調査されていた

玉川上水発掘箇所
発掘箇所(白い土嚢に囲まれた箇所)と上水の壁の現状

 ほぼ垂直に近い堀面の上に、発掘した地層の断面を見る事が出来ました。赤土の層がはっきり残されています。発掘担当の方の説明は、懇切丁寧で、承応2年(1653)、玉川上水開削の際のロームと考えられるとの見解を話されました。武蔵野の原野を開削した500年近く前の赤土で、これには、感激しました。

玉川上水ローム
発掘された江戸時代の赤土

 さらに、興味がそそられます。赤土を挟むように重なる黒土は上が開削後、下が開削前と理解できます。その開削前がどうなっていたのか、この黒土は語るはずです。雑木が生えていたのか、ブッシュか、草原か、武蔵野が夢のように浮かびます。しかし、そう簡単ではなさそうです。「もしかしたら削平されていたかも」との指摘もありました。改めて、玉川上水の工事の仕方が解明されるかも知れません。これからの調査成果と報告書の発刊がまたれます。感動、感動の一時でした。(2012.11.25.)

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まとめ【玉川上水 江戸時代の】

 玉川上水は紅葉が真っ盛りです。行き来する人の心も和むのか、笑顔での挨拶が交わされます。  その中で

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