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大正15年の橋柱

大正15年の橋柱

 平成から「令和」(れいわ)と改元の話題が盛り上がっています。
 歴史好きの集まりです。

  「5月1日からだと云うけど、年表なんかでは、2019年は全部「令和」ってなりますよね」
 「そう、そう、そうだよ」
  「昭和も平成もそうだし」
  「確か、大正の時は暮れも押し詰まった12月25日に昭和になったはず。
  こんなに大正の方が長くたって、その年(1926)は昭和1年と書かれています」
  「どうしてなんでしょうね・・・」
 「そこだけ2行に書くわけにはゆかないだろうし」
  「ナンカ決まりがあるんじゃない」
 「・・・・」

 みんなで調べてみることになりました。すると

 「そう言えば、大正は15年、この年号はあまり聞かないわ」
 「それが誰にも見える記念物はないですか?」
 と質問されて、思い出したのが、村山下貯水池の滝見橋・12段のところにある橋柱です。

DSC_6434400.jpg

 通称「たっちゃん池」の近くにあります。貯水池の貯水量が多くなった時に放流する余水吐けです。

12段合成300

 今は放流されていませんが、かっては瀧が段々になって流れていました。

DSC_8539200.jpg

 貯水池を左にして手前の方の橋柱です。

DSC_8537300.jpg

 大正十五年六月竣功と彫られています。
 村山貯水池の建設工事は概ね昭和2年(1927)に完成していますから、その間近にこの橋が架かったことがわかります。
 さっそく、見に行くことになりました。
 「平成三十一年四月三十日」って彫られたものが出来るといいですね!!

  (2019.04.03.記)

  大正8年の「大和村の誕生」を書きました。

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大正15年6月

この橋のある場所は見慣れた場所です。
時々野鳥を見たり花を探すのに訪れるのですが、こういう歴史があったのですね。
この瀧の横の道も時々歩いて登っています。
レトロな趣のある正門あって湖も素敵ですしいい所ですね。

sage55様

 記事を書いた後ですが、6日午前、久しぶりに現地を通ってきました。天候も良く、家族連れがとても多かったです。

 20分ばかり臨時に現地ガイドをしました。
全部の方が「初めて知った」と云われ、喜ばれました。
 隣で、連れ合いに「家でもこういうように親切にしてよ」と冷やかされました。
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野火止用水

Author:野火止用水
 歴史大好き爺です。

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