FC2ブログ

ちっとも減らない

 「明日は水曜日、いらない本を出す日よ」
 「ハイ、ハイ、ハイ・・・」

 と返事をしてからが難問です。
 古くて、もう十年以上もしまいっぱなしで、これからも読まないと思われる雑誌や本の処分です。
 歴史以外は気前がいいのですが、こと歴史に関するものになるとそうはいきません。
 パラパラとめくると、その当時のことがよみがえってきて、又元の通りしまい込むことばかりで呆れられています。

 「このサー、上ノ台遺跡って、凄いね!」
 「いつ頃の遺跡?」
 「旧石器から平安時代の初めまでらしい」
 「どうせ、捨てられないんでしょ、元のところに戻しておいたら・・・」

 調査報告書、そのまま座り込んで読み返してしまいました。
 東大和市内、清水神社の周辺から空堀川に至る一帯です。すでに住宅地になっていますが旧石器時代から縄文時代の遺跡のあることが推定されています。
 その中で、平安時代の家が一軒発掘されています。

上ノ台遺跡p12

 かまど付きで、床は3メートル余ですが、周囲に1メートルほどの囲みがあります。
 問題は生活の状況を語る遺物です。
 なんと、煮炊き用カメ一つと椀のかけらだけしか発掘されませんでした。

土師器のコピー

 報告書はこう書きます。
 
 「40片ほどの土器片が出土したが、そのうちカメ(煮炊きに使う容器)とみられるものが一片あるだけで、他はすべて小さな杯(食事の時に使う一人一人の椀と考えればよい)であった。つまり単純に書けば、ただ一つの鍋、釜にあたる土器と、わずかな数の一人用の食器が、この上ノ台第1号住居跡に住んだ人々の財産だったということになる。
 (中略)荘大な武蔵国分寺が造営された頃の、栄華からは見放された庶民の生活が、この上ノ台第1号住居跡に暗示されている。」(上ノ台遺跡 p14)

 東大和市の狭山丘陵の南麓で村づくりを始めたころの村人の姿、それが書かれた報告書です。

 「やっぱり、元通りしまっておくよ」
 「わかってるわよ、捨てるワケがないでしょ・・・」

 こうして、ちっとも処分が進みません。
(2017.10.24.記)

のど飴

 「○○さん、これは、気楽にのんびり直さないといけませんね」
 懇意のお医者様から、さとされます。
 アレルギー性鼻炎とかでもう一週間も鼻づまり、咳が続きます。
 ところが、前からの日程が気になります。

 「何とかお助けください!」
 撮りためた市内の石仏の画像を見ながらお願いしました。
 芋窪の慶性院のファイルを開いたときです。
 画像はクリックで大きくなります。

DSC_54981.jpg

 見慣れた庚申塔、弁財天、水天像の中で、真ん中の弁財天だけに花が供えられている。
 何でだろう・・・。

DSC_56081.jpg

 弁財天の特別の日なのかな?
 でも、何か前に供えられている。いつもの詮索癖が出ます。

のど飴

 画像を拡大してみると、供えられているのは、小さな仏様と「フルーツのど飴」です。
 「よほどのことだったんだな」
 待てよ、弁財天って、音楽や芸術の御利益と共に財をなすご利益にお祈りされることが多いはず、喉にも御利益があるのかな・・・?

DSC_3767.jpg

 そう云えば、この弁天様は琵琶ではなくて、頭上に鳥居と宇賀神像を戴き、六本の腕に剣、矢、鈎(こう)、宝珠、弓、輪を持って居られる。つまり、邪気を払い武器を持つ守護神。村山貯水池に沈んだ石川で水の管理が願われた。
 ここで、納得。
 どなたか喉の痛みか咳か、お花をあげて切実にお祈りしたんだ。

 と云うことで、早速、御利益に預かりたくて、のど飴を買って来ました。写真の弁天様に「私もどうぞよろしく」とお祈りしています。(2017.10.13.記)

ひっくり返して考える

 「おじさん、意外に知恵がないね」
 「・・・・・」
 「そういう時にはひっくり返して考えたらどうなります」

 中学校の歴史担当をしている近所の若先生、明治時代の人口の動きについて聞きに来ました。
 その話が終わって、帰り際に、これからの人口の動きを話したときです。
 結構きついことを云います。

人口ピラミッド1

人口ピラミッド52年
(出典 東大和市人口ビジョン 東大和市HPより クリックで大)

 東大和市の人口推計に伴う人口構造です。
 「これまで、成長盛んだったこの市も、
 推計では2040年にはこうなるってさ。
 若い人と高齢層の関係をどう考えりゃ良い?」
 その時、若先生からの指摘が
 「この表をひっくり返して考えたら」
 ということです。

 「フム・・・」
 思わず唸りました。
 高齢者が主体的に地域を維持して築く・・・。
 若者にハッパ(発破)を掛けられました。

 (2017.10.08.記)

泡幻、幻夢

 「お身内のお子さんですか」
 「いいえ、全く関わりがありません」
 「よくお手入れをされて・・・」
 「供養ですから・・・」

DSC_61201.jpg
(クリックで大)

 道路脇にまつられたお地蔵さんです。
 ご近所の方がお水を取り替え、花を供え、時にはよだれかけを新しくされています。
 どなたが気遣って居られるのか、いつかお話を聞きたかったのが、偶然通りかかって実現しました。

 「ここに、字が彫られているんですが、よく読めないんです。
  ずうーっと、どなたかに、伺いたかったんです」

 書き留めて置いた資料から
  恵了童子 宝暦4年(1754)
  妙真童女 享保10年(1725)
  幻夢童子 寛政3年(1791)
  泡幻童女 宝暦13年(1763)
  智盛童女 享保11年(1726)
  春露童女 明和□□(1764~1771)

 ということがわかっています。とお見せすると

DSC_61231.jpg
(クリックで大)

 「やっぱり、幻夢ですか。そして、泡幻ですね。
  恵で満ちていたのに、おわってしまったんですね。好奇心がいっぱいだったんですね」
 「はい」
 「これって、親御さんの気持ちが、芯から籠められていますね」
 「はい」

 供養されているのは、小さなお子さんであることがわかります。
 それにつけても、この戒名は胸を打ちます。
 これらの年号が彫られた時代は、この地域では稗・粟が主食で、生活は厳しく、米価の変動が激しく、農民は塗炭の苦しみをしています。
 一方で、「奉公人が贅沢になり、雨の場合に、高足駄で傘ををさすような行いがあるから、雇い主は厳重に取り締まれ」などとの村定めをしている状況でした。

 「わかって、良かったです。お水を切らさないようにします」
 「はい」

  なんと答えて良いのかわからず、「はい、はい」ばかりで、帰宅しても困ってしまい、ここに書きました。
 東大和市清水にまつられている「伝兵衛地蔵尊」です。
     (2017.10.01.記)

sidetitleプロフィールsidetitle

野火止用水

Author:野火止用水
 歴史大好き爺です。

sidetitleカテゴリsidetitle
sidetitle最新記事sidetitle
sidetitle最新コメントsidetitle
sidetitle最新トラックバックsidetitle
sidetitle月別アーカイブsidetitle
sidetitleLc.ツリーカテゴリーsidetitle
sidetitle検索フォームsidetitle
sidetitleRSSリンクの表示sidetitle
sidetitleリンクsidetitle
sidetitleブロとも申請フォームsidetitle

この人とブロともになる

sidetitleQRコードsidetitle
QR