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古い仲間の水彩画二人展

二人展1
(クリックで大)

 かっての同じ職場の仲間から、
 「定年から10年経ったので、日頃、描きためた水彩展をします」
 との案内が来ました。日本の風景とヨーロッパの詩情とあります。

二人展2
(クリックで大)
二人展3

 多摩モノレール上北台駅南側の住宅かと思っていたところが、会場・ギャラリー・サン・アンでした。

二人展4
(クリックで大)

 一度に見渡せる展示場ですが、二人の詩情が詰まっています。

二人展5

(クリックで大)

二人展6
(クリックで大)


 以上2点Nさんの画風(旧来からの絵の具)

二人展7
(クリックで大)

二人展8
(クリックで大)
 以上2点Tさんの画風(油絵のような新しい水彩絵の具)

二人展9
(クリックで大)
  
 違った感性が調和して、思わず
 「これが、二人展って言うんだ!! 昔から所属や立場が違っても、仲良かったもんな」
 「なんか、あの頃が懐かしいですね」
 「いいもんだね、絵の具が違って、片方は油絵のようだけど同じ水彩画。描く人と対象が違って、同じ場で二人展」
 物騒な世の中、こんなに近くに、違ったものの共存と調和があるんだと深く心に刻まれました。

二人展10
 (クリックで大)
 
 「来年も是非開いてよ」
 良き仲間二人と我がまちのギャラリー・サン・アン(レンタルアートスペース) に拍手です。(2016.01.25.記)

たっちゃん池

 西武多摩湖線・武蔵大和駅を降りて、村山下貯水池の堰堤に向かうと、すぐに、都立狭山公園があります。公園の中の道を進むと右側に池が見えてきます。

たっちゃん池1
(クリックで大)

 東大和市では「たっちゃん池」、東村山市では「宅部池」(やけべいけ)と呼ばれます。「たっちゃん池」と呼ばれる謂われを『東大和のよもやまばなし』は次のように語ります。

 「現在“たっちゃん池”の名で親しまれている湧水の池は、もと東村山宅部部落の田用水で、宅部の貯水池を略して、通称「ヤヶチョ」とよばれていました。広さ一千坪(三千三百平方メートル)ばかり、水深七メートルほどのこの池には、夏になると親の心配をよそに、近くの子供達が毎日のように泳ぎにきていました。

たっちゃん池2

 大正十四年八月、やけつくような真夏の昼下りのことです。折しも貯水池工事の真最中の頃でした。ちょうど昼休みで、大勢の作業員達が木陰で半日の疲れをいやしている時でした。
 
 「たっちゃんが溺れたよ!」

 という突然のさけび声に、びっくりして皆一斉に池の方へとかけ出しました。近くにいた青年監督官二人がまっ先にかけつけ、救助しようと着のみ着のままで飛びこみました。しかし、二人の青年も子供と共に次々と水の中に沈んでしまいました。

 池のまわりで見守っていた入達は仰天して、さわぎはますます大きくなりました。池に常に浮かべてあった水道局の小舟や、急きょ丸太を組んで作った筏に乗り、各家々から持ってきた井戸のいかりを手に手に、広い池の中をあそこかここかと隅なく探しまわりました。一生懸命に探したあげく、三十分ほど経って漸く池の東北の水底から、ぐったりとした三人を引上げました。

 青年の着ていた木綿の作業着や足に巻いたゲートル、はだし足袋は、ぐっしょりと水をふくんで重たくなっていました。急いで人工呼吸をしましたが時すでに遅く、再び息をふき返しませんでした。急を知らされて埼玉県荒幡からかけつけた青年の父親は、兵隊から帰ったばかりの一人息子の死に、気も狂わんばかりに嘆き悲しみました。

 狭山に住んでいたたっちゃんは、当時六、七才、兄姉の末っ子で、母親はすでに亡くなり父親の手一つで育てられていた可哀そうな子でした。幼くして死んだたっちゃんをあわれんで、この悲惨な出来事の後、ヤヶチョは"たっちゃん池"と呼ばれるようになり長くその名をとどめています。

 しかし、この事故の裏には、前途ある青年二人の尊い命も共に失われてしまったことを知る人は少ないようです。」(p196~197)

たっちゃん池3

 その後、周辺の整備も進み、貴重な農業用水から観光の池へと変わりつつあります。この池の前へ来るとホッとして、救われた気分になります。そして、心の中で、いつの間にか手を合わせています。

 この池が久しぶりに、水を抜き補修・点検をする「かいぼり」が行われました。そこで、外来種生物が定着していることがわかりました。これからの管理の課題となります。当日、他の用事のため現地に行けませんでした。幸い「ようこそ、はづきです」様がその様子を記録して下さいましたのでリンクさせて頂きます。

 
たっちゃんいけのかいぼり


  (2016.01.21.記)

空堀川の旧河川敷と遺跡

 2016年正月、今年は東大和市内のまちかどを記録しようと、空堀川から始めました。
 武蔵村山市境の「新砂の橋」から下りました。ずっと下って「新丸山橋」で、新年会に集まるという小学校時代の同級生達に出会いました。

  「随分と、改修が進んだな」
  「うん、当面の溢れの心配はおさまったかな? 臭みがなくなったのが何よりよ」
  「小魚が増えてよ、サギやカワセミが居着いたって、カメラマンが大勢来てるな」
  「そんで、古い川はどうなんだや? 埋めちまうのかな?」
  「このまんまで、どぶ川になんのかや?」
  「それよか、おめえは、ここいらに、2万年ぐれい前だっけ、遺跡があるって云ってたけんど、どうなんだ?」

空堀川旧河川敷周辺遺跡
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空堀川周辺の旧石器時代遺跡

 一斉に聞かれます。旧河川が息絶え絶えに寸断されているのには参りました。しかし、幸いなことに、旧石器時代(2万年~1万5千年前)の遺跡が包含されている地域はわずかに残されています。

空堀川旧河川敷
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残された空堀川旧河川敷

 土器を持たないこの時代の人々は空堀川の縁でキャンプをしたのでした。丸山遺跡、丸山二の橋遺跡、街道内遺跡と東大和市ではこの時代の貴重な遺跡が並んでいます。

街道内遺跡出土石核
(クリックで大)
街道内遺跡から発見された石核(石器を作ったもとの石)

  「どうにかギリギリに残されてんだ。だけんど、これからが心配だ。
  おめえら、近くに住んでんだから、何かあったらすぐ教えろな」
  「わかった」「わかったよ」

 と約束してくれて、別れました。旧河川敷は一部を除いて暗渠になり、周辺は緑道になる方向が示されています。
 是非、遺跡部分はきちんと処理をして、残して貰いたいと強力な願いに駆られます。
 (2016.01.18.記)

空堀川のカワセミ

 午前10時、太陽の位置が陰を最小にする頃を見計らって、空堀川の新旧河川の合流部に向かいます。
 東大和市高木の下砂橋、何やら人だかり。

 カワセミ1
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 「ホラ、ホラ、」
 「シッ、静かに・・・」
 見るとカワセミです。

カワセミ2

カワセミ3
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 眼光鋭く、すわ出漁!
 期待してカメラを構えて、一枚シャッター押したとたん、飛び立ってしまいました。

 「あんたが来たから・・」
 と抗議と恨めしそうな目を避けて
 「どうもすみません」
 と下流に向かいます。

 すぐ下流の空堀川と奈良橋川の合流点の北側です。
 高木橋、かっては降雨の度に水かさが増し、溢水の被害が危ぶまれた箇所。

カワセミ4
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 整備が進み、橋の架け替えも終わっています。
 高木橋から少し下流に向かいました。

カワセミ5

 動くぞ!、と珍しく敏感に反応してシャッターを押します。

カワセミ6

 次には、もう横にはみ出しそうで

カワセミ7
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 やっと探して、ピントを合わせた時には、すでに、魚を咥えています。

カワセミ8
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 誇らしげに、呑み込みます。

カワセミ9
(クリックで大)
 そして、もう、次の構え。

 「餌を捕る肝心の所が撮れませんでした」
 「そんなに、うまいわけにはゆきませんよ。私など、夜明け前から来ているんですから」
 ばっちり大型三脚にデーンとカメラを据え付けた若者

 「ここは、狙い場なんですか?」
 「私は、ここに決めています。三・四月頃には、子育てをするかも知れませんよ」
 「ホントですか。巣はどういう所に作るのですか」
 「柔らかい土と細かい砂利が混じったところです」
 「それじゃ、ここではダメですね」
 「そうです、この近くでは、少し離れた、梨畑が一番可能性があります。」
 「あ、知ってます。結構、離れていますよ」
 「本当は、この近くに、栄巣場を作ってやれば、いいんですけど・・・」

カワセミ10

 話は尽きずに、下流の撮影は諦めて、聞き込みを続けました。
 護岸は一方でカワセミの栄巣場を失わせている現実もあります。
 散策者のためのトイレつくりと、カワセミの栄巣場つくりも課題の一つだな。
 と言い聞かせながら帰途につきました。ああ400ミリがほしい。
        (2016.01.05.撮影。07.記)

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空堀川 正月の子鷺

子鷺1
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 「ナニを撮しているんですか? そんなワイドで」
  よだれが出そうな400ミリレンズを付けたカメラマンが声をかけて下さる。

 「旧河川敷の現状を記録しているんです」
 「ホー、それは、ご苦労様です」
 「スゴイ望遠ですね。カワセミですか?」
 「そうなんです・・・、初めて出たという知らせに駆けつけたんですが・・・」

 もう1時間も待っているのに、戻ってこないという。
 「ちょっと覗かせてもらえますか」
 「どうぞ、どうぞ・・・」
 「イヤー、クチボソ! オイカワ? 猛烈ですね、水の中がみんな見えますね」
 「そうなんですよ。でも、いざカワセミってなると、
 フレームに入れるのに一苦労です。もう少し下流へ行ってみます」
 「一緒させてもらっていいですか」
 「どうぞ、どうぞ」
 
 「新砂の川橋」の下流に出ると、子鷺!!
 大急ぎでワイドを外し、200ミリに付け替て撮影

子鷺2
(クリックで大)
 
 「渦になってるでしょ、自分好みの餌を探しているんです」
 「ヘー、足でかき回して追い出すんですね。」

子鷺3
(クリックで大)

 「飛びかかりますか?」
 「なかなか期待通りには行きません。水の流れが速いと、違うので、下ってみましょうか」

  「新庚申橋」の下流で再度、子鷺。

子鷺4
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 ここでは、かき回さずに足早に動き回ります。

子鷺5
(クリックで大)
 
 まさに、緊張。

子鷺6
(クリックで大)  


 残念、ダメだったようで、また狙いに入ります。その時
 「まったく」
 待ちくたびれた人の大声。

 子鷺7
(クリックで大)

 一瞬、子鷺は飛び立ちました。
 「アー、アー」

 でも、空堀川に日常的に生物が暮らすのが確認できて、帰りの自転車は軽く感じました。連れ合いは
 「バカねー、ウジウジしないで、400ミリっての買っちゃいなさいよ」
 それが正夢になり、流入口からの放射能の値が増加しませんように、3日の夜は日本酒にしました。
 (2016.01.02.撮影 04記)

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賀春

 年新た
 皆々様の益々のご繁栄とご多幸をお祈り致します。
 昨年のご交誼、心から感謝申し上げます。

2016年年賀
(クリックで大)

先ず、平和であることを念じます。いろいろ試みたいことばかりですが

東大和市の
「まちかど記録」
「まち歩きコースの設定」
に取り組みたいと、健康第一に努めます。
本年一年、どうぞ、よろしくお願い致します。
(2016年元旦)
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野火止用水

Author:野火止用水
 歴史大好き爺です。

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