ハナカイドウの実

  我が家の郵便受けの横に、背丈2メートルほどのハナカイドウの若木があります。

ハナカイドウ1

 2015年4月8日、小雪が舞う中、盛んに花を付け、通り行く人に「マー、可憐な!」と声をかけられていました。

ハナカイドウ2

 本日5月17日、アブラムシも着く頃だし、消毒がてら徒長枝を伐ろうと思い立ちました。

ハナカイドウ3

 なんと、消毒器の先に何やら膨らみを持って風に揺れています。

ハナカイドウ4

 話には聞いていたけど、我が家の若木にも実がなるんだと驚きで、先ずカメラでした。
 結実はしないと聞きます。これからどうなるのかの興味と共に、愛おしくて、ご紹介する次第です。
 (2015.05.17.記)

野火止用水(東やまと20景・4)

 東やまと20景の4番は野火止用水です。
 標識は市の南端「野火止橋」のたもとに
 モニュメント・用水工夫に隣り合わせて設置されています。

野火止位置図

 東大和市駅から歩いて約20分、東大和ウオーキングマップ・野火止用水編では③のしるしがついています。

野火止橋
(クリックで大)
 手前の道路は「清水野火止線」と名付けられ、武蔵大和駅近くから青梅街道(小平市内)に達します。

野火止用水工夫

 東大和市モニュメント・2 用水工夫
 「野火止用水を切り開く力強い姿を表現しています」
 と説明がありますが、「美男子」との評判の方が高いです。

野火止20景
(クリックで大)
  
 素掘りの開削当時の姿を比較的良く残す用水を前に、標示が立っています。
 用水の中央が小平市との行政界になっています。

野火止20景2

 
 承応4年(1655)、玉川上水から分水
 2月10日、着工 
 3月20日、野火止地域・新河岸川(新座市・志木市)まで開削
 堀の長さ24キロ
 工事日数は閏月を挟みますが、40日間
 費用3000両 
 松平信綱の家臣・安松金右衛門が総指揮
 分水量 玉川上水7、野火止用水3の割合
 とされます。
 驚くことばかりです。
 東大和市域内の野火止用水については野火止用水と東大和の村他に関連記事があります。
 (2015.05.10.記)


赤っ風

 赤っ風(東大和市モニュメント・9)

赤っ風位置図

 東大和市南西部、西武拝島線玉川上水駅の駅広にモニュメント・赤っ風はあります。

赤っ風遠景
(クリックで大)
 玉川上水駅北口に降ります。正面にバス停、左側に交番と階段があり、その間に設けられています。

赤っ風位置

 場所が奥まっていることと、鉄骨とブリキの寄せ集めのようなその姿から、関心が寄せられているとは云えそうもありません。

赤っ風つつじ

像の前に市の説明板があります。

 「赤っ風になっちゃうかな」春先強い季節風が吹いてくると、村の人は気がかりでした。
 大正の頃、桑畑や、茶畑が続いていた東大和市では、春先の強い季節風が吹いてくると土ぼこりで空が真っ赤になり、あたりはなにもみえなくなるほどでした。

 この強い風が吹いてくると農家の家の中は土が一寸(三センチメートル)も積もるほど、土ぼこりのひどい所でした。この風を「赤っ風」といいました。
 赤っ風が吹く頃つむじ風も起こりました。畑でつむじ風に出会うと、地面にかじりつくようにして、つむじ風が通り過ぎるのを待ったそうです。

 ところが、この赤っ風を心待ちにしている人たちがいました。待望の赤っ風が吹いてくると、畳二畳分の大凧を原に運び、大人が三人ががりで上げたそうです。
 また、赤っ風の吹いた後の畑で石のやじりがよく見つかりました。
 静かだった村が町になり、家が建ち、畑がなくなった現在でも、春一番の吹く頃は、やはり土ぼこりが舞い上がります。
 ―東大和のよもやまばなしから―

 この作品は赤っ風をイメージし東大和市美術工芸品設置事業の一環として制作したものです。
   平成四年度制作
   飯塚八郎作 東京都ふれあい振興事業

 と記されています。            

 この地は、東大和市の人々にとって重要な地でした。江戸時代、玉川上水、野火止用水がつくられた頃(1653~1655)です。当時、村人達は狭山丘陵の麓に住んでいました。南は一面の武蔵野の原でした。狭い耕地に貧しい暮らしが続いていました。上水の開削に接した村人達はこの時とばかり原野を掘り返し、用水へと向かって一面の畑にする行動を起こします。水田はなくて、全て畑ですが、1600年代末には用水際まで新田開発を終わらせています。

 しかし、台地の土は関東ロームです、風に吹かれて赤く舞い上がりました。「神棚でゴボウがつくれる」と少し大げさに伝えられる位です。今のように家が建ち並ばない昭和20年代には、まだこの現象に見舞われました。

赤っ風2003年

 2006年3月9日、市街化された「現在の赤っ風」が舞いました。今ではすっかり宅地化が進み、モノレールも走って、そのかげに身を潜めるようにモニュメントは立っています。愛想もなく、ぶっきらぼうです。それだけに、人間がつくるホコリの恐ろしさを新しい言葉で語りかけられるように思えます。
(2015.05.08.記)

5月5日のサクランボ

 そよ風が心地よい中、前回、撮り損なった街路樹のサクランボやいかに!!
 望遠持って出かけました。

サクランボの道

4月26日には、蘂(しべ)から、実らしきものがつき始めていたばかりでした。
それが、今日はこぼれるばかり。

サクランボ1
(クリックで大)

「こんなに沢山でどうなるの?」
「ほら、よく見るとさ、自然の摂理かな・・・」
しぼんで落ちるいくつかがあります。

サクランボ2
(クリックで大)

「まだ蘂が残っているわ・・・」
こっちの樹では、数は減って、元気者揃い。

サクランボ3
(クリックで大)

「食べたらどんな味がするのかな」
「サクランボの気持ちもわからない不謹慎者」
「さて、さて・・・」

 赤く色づき初めた樹もありました。
 地震に遭遇して痛手を被った子供達も元気で育って下さい。

(2015.05.05.記)

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野火止用水

Author:野火止用水
 歴史大好き爺です。

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