清原地域

東京街道団地北側江戸街道
清原地区を走る江戸街道

「四丁目の一部を除いて、団地のまちね。空き地がいっぱいあるから広々としている。ときに、北側の道は江戸街道なのに、なぜ東京街道団地なの?」
「どうしたことか、東大和の村々は明治維新によって、江戸を東京と改めたとき、すぐに応じて、東京と改称しているんだ。地域名も東京街道となって、それが、団地の名になった。道路の「江戸街道」は最近の復活名称ではないかな」
「そうだったんだ。それと、東京街道団地が中心なのに、なぜ、清原なの」
「町名地番整理の前は「大字清水・下仲原」だった。そこから区域を分けることになって、いろいろ候補があったらしいけれど、清水の「清」と、下仲原の「原」を組み合わせたらしいよ」

東大和市町名図清原地域 

「東京街道団地って、相当早い時期に立てられたんでしょう?」
「昭和37年(1962)だった。一面の畑の中に、ドカンと1995戸の大きな団地が出来たんだ。交通手段は用水北通りのバスに頼るしかなく、本数が少なくて、「陸の孤島」のあだ名が付いた」
「バスって云えば、保育所がなくて、廃バスを利用しようという計画があったって聞くけど?」
「確かに、そうで、みんな真剣だった」

東大和市案内図清原地域周囲色

「藍屋さんの所から分かれる、江戸街道はいいな。狸のモニュメントなんかがあって、そのまま進めば、九道の辻に出るし・・・」
「家康が江戸を開いて、最初に通じた道だものね。青梅の成木から石灰が運ばれて、青梅街道第一号さ。でも、田無まで一軒も家がなかったという。」

「団地の中を斜めに横切る細い緑地があるじゃない。あれは何?」
「水道緑地だ。ここには隠れた意味があるよ。目立たないけど、地下の管で、玉川上水の水が東村山浄水所まで運ばれているんだ。」
「多摩川の生きた水?」
「そう、玉川上水駅の南に小平監視所があるだろう。あそこで、一旦沈砂地にくぐらせて、羽村から取り入れた多摩川の水がそのまま運ばれている。だから、現代の玉川上水って云えるよ」

水道緑地
水道緑地

「団地のまわりに広い空き地があるわね。これから、住宅が建つの?」
「向原団地の方は、定期借地権を利用した低層住宅が建つそうだけど、東京街道団地はまだ決まっていないみたい」
「ここも大きく変わりそうね」 

東京街道団地

話題
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野火止用水

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