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ボケの花

ボケの花

 「○○さんに礼状書くんで、木瓜の写真欲しいんだけど。
 たしか、南公園のが花頃だったでしょ・・・。」

 葉書のサイズに合うように撮っていると
 ママの手から解放されて、手をたたきながら近づいてきた女の子

DSC_129321.jpg

 「おじいちゃん、この花なんて云うの」
 「ボケって云ってるけど」
 「あのおじちゃんに聞いたら、オレダよって云うんだけど・・・」
 少し離れてお年寄りが微笑んでいます。

 「そうか、じょうだん云ったんだ」
 「フーン???」

DSC_13141640.jpg
  (クリックで大)

 「このお花の名前はボケって云ってさ、年取ると忘れちゃったり、ナンカするのが遅くなったりするじゃない。それもぼけるって云うんだよ」
 「おんなじなんだ」
 「それでね、あのおじちゃんは、わざとオレダよって云ったんだよ。でもさ、あのおじちゃんより、おじいちゃんの方がもっと年寄りだろう、だから、おおぼけかもしれないよ。そうなんないようにしなくっちゃ!」
 「????」

 初めて出会ったママとおじちゃんと後期高齢者
 大笑いで

 「今日はいい日になりそう。チャンと話してあげて下さいよ」
 と別れました。
  (2019.03.13.撮影)

 青梅橋跡(東大和市史跡)を書きました

25年の違い

25年の違い

  「イヤー、確か、上北台の駅の辺りのはず・・・。
   94.2.12の日付がある。
   25年前だ。雪が降ったんだ・・・」
 
  芋窪街道の標識。
  確実に、多摩都市モノレール上北台駅付近です。
  まだ、ぽつんと支柱が一本立っているだけです。

94.02.12.駅周辺640
 (多摩モノレール上北台駅付近 1994.02.12. クリックで大)

 こうなったら、もう止められません。
 「現在はどうなっている!」
 写真の整理のはずが、同じところの現在探しになりました。

上北台駅640
 (クリックで大)

 現在の同じ場所。モノレールの駅が完成し、駅広の整備が進んでいます。
 その面では大きく変わりました。
 でも、よく見れば、周辺は大きな変わりはないようです。
 むしろ、今後、モノレールが武蔵村山市の方に進み、全線が完成したらどうなるか?
 25年後は想像できません。

 ついでだからと、玉川上水駅の周辺を探しました。翌日2月13日の画像がありました。

94.02.13.玉川上水駅
 (西武拝島線玉川上水駅周辺 1994.02.13. クリックで大)

 まだ、西武拝島線と芋窪街道は平面交差で、モノレールの支柱もありません。

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 (クリックで大)

 現在の同じ箇所です。「撮しておいてよかった」
 とつくづく思いました。

 東大和市版デジタルアーカイブを市民でつくろうと勉強と検討が始まりました。
 「難しく考えないで、何よりも記録に残しておくこと。
  川も雑木林も、ゴミも元気ゆうゆう体操も、ずっと続けよう。
  なにより、定点撮影だ」
 と言い聞かせました。

 ご協力をお願いします。

 (2019.03.06.記)

 谷ッに散在する集落(東大和の中世2を書きました。

つるし雛飾り

つるし雛飾り

「ワー・キレイ・・・」
「ホント・・・」
「それしか云いようがないわね・・・・」

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(クリックで大)

2019年3月9日、東大和観光ガイドの会の仲間が中心になって催したつるし雛飾り展です。

DSC_11712640.jpg
(クリックで大)

「ワタシもオヒナサン」
「私も入れて・・・」
「ウーン・・・?」
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(クリックで大)

丹精な一品一品んがつるされます。
「江戸時代、村人って貧しかったでしょ。だから、おひな様、飾れなかった」
「最初は、ほんの僅かの本数で、クルクル回したらしい」
「それでも、子どもたちは喜んで、手を振って、だんだん賑やかにしたんだって」
「この辺は、もっと貧しかったから、それすら出来なかったらしい」

とつるし雛の起源を話してくれました。

「これから、どんどん、やるんだね」
「出来るだけがんばります」

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(クリックで大)

やる気十分で、見る人もつられて、皆、ニコニコ顔です。

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(クリックで大)

干支の上には子ども達が安らかでした。

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(クリックで大)

豪華な御殿もあります。ここ数年の積み重ねの成果です。

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場所は、東大和市高木にある高木神社の社務所でした。
東久留米市や武蔵村山市・・・などから、メンバーが集まって催されました。
故郷の催し物として定着するといいですね!!
騒々しい世の中、包み込むようで、来年が楽しみです。

  (2019.02.18.記)

 モニュメント「啓示」を書きました。

断捨離(だんしゃり)の祝

断捨離(だんしゃり)の祝

  「アストロメリアも満開ね。今度は何にしょうか・・・」
 「それこそ、好きなもんを選んできたら!」
  「チョット先駆けた春ものがいいわね」

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 今年から我が家の床の間は洋風の花で彩られることになりました。
 と云うのは、昨年、後期高齢者のお祝いを頂く機会があり、そのお祝いの記念に

「花瓶がいいのか、お皿はどうだろう」
「断捨離の時代、そう云うのはイッパイあるはずだし」
「いっそのこと、「花券」と「食事券」にしたら」
「選ぶの難しいね、思い切って聞いちゃおう」
 ということで昔の同僚が訪ねて来ました。

  「両方、大賛成。もうそれに限るよ」
 と贈って下さったのが「花券」と「食事券」です。

DSC_11631.jpg

 これは有効です。
 花を選ぶ時、食事のお店を考える時、いつもそのメンバーが浮かんできて、有り難うを云います。
 断捨離って幅広いですね!

 モニュメント「鳥と子どもたち」を書きました。

   (2019.02.10.記)

高木のまんじゅっ鉦

高木のまんじゅっ鉦

 東大和市の高木に面白い火の見櫓の鉦(かね)がありました。「高木のまんじゅっ鉦」と呼ばれます。火の見櫓の吊り鐘といえば、下のほうが丸くて、上に行くにしたがってつぼまる形が当たり前です。ところが、ここではそうではなくて、図のような丸い鉦(かね)がかかっていたそうです。

高木のまんじゅっ鐘200
 
 長さは10メートル足らずでしたが、根元の方は腕が廻らない位の太い檜の丸太一本でつくられた火の見でした。その一番上に、鉦が吊(つ)ってありました。直径は40センチぐらいでした。『東大和のよもやまばなし』は次のように伝えます。

 「普通の半鐘と違ってジャンジャンとは鳴らずカンー、カンー、と独特の高い音で遠くまで響き渡りました。特徴のある音色は、よほど印象的だったのでしょう。コテーン、コテーンと響いたとか、ビデン、ビデンと鳴ったとか、思い思いに表現されています。

 有名な鉦であったので子供の喧嘩にまで登場し、他の部落の子から、
 「高木のまんじゅっ鉦、コテーン コテン」
 と、からかわれたことも一度や二度ではありませんでした。
 人の思惑はどうあろうと、まんじゆつ鉦は部落を守って働きました。出火と見れば誰でも駈け上って叩きます。近くて大火になりそうならスリバンとか、遠ければ三ツバンとか、今と同様叩き方に決りがありました。

 鉦の音を耳にすると、仕事着のまま部落の人達が傍の消防小屋に集って来て、リュウコシ(竜吐水)やげんば桶などを引出して火事場へ駆けつけました。このまんじゅっ鉦は、元は明楽寺の鉦だったそうです。」(p68~69)

 この話を元に、モニュメントがつくられました。奈良橋川と空堀川の合流点に置かれていましたが、今は工事のため撤去されています。

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(クリックで大)

 これが奇抜で、大人には
 「なに、これ、ちっともわからない」
 と不評でしたが、子供たちからは
 「金色のまんじゅう食べたい」
 「火星に向かうロボットマン」
 「雲の中から現れた異星人、お土産をくれるかな・・・」
 と人気でした。

 元は明楽寺の鉦とされますから、伏せ鉦のように使われてたのだと思います。2月9日(土)、高木神社社務所で「つるし雛飾り展」が開かれ、観光ガイドの会が案内することになりました。そのコースを調べていて、かって、子供さん達に話した際の賑やかさを思いだし、早く、元の位置に戻らないかなと、ついつい引き込まれました。
 こんな火の見櫓もあったのだと、紹介します。

 東大和の歴史に「高木のまんじゅっ鉦」を書きました。

  (2019.02.01.記)
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野火止用水

Author:野火止用水
 歴史大好き爺です。

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