白いブランコ

「お前、1980年7月に一緒に行った尾瀬のネガあるか?」
「何年だって・・・?」
「1980年だよ、写真がボロボロになってさ・・・」
「40年近くも前の話だぜ」
 
 根っからの物好きが、押し入れの奥にしまったスライドを探してみました。

ワタスゲ2

 ようよう、見つかったのがこの画像です。
「おい、見つかったよ、なんで今頃、そんな古いことを言い出すんだよ」
「イヤー、ビリー・バンバン、ほら、「白いブランコ」を聞いたんだ。
 ワタスゲが揺れてるやつ、それを送ってくれよ」
「バカッタレ、一時間もかかったんだぞ」
・・・・

「君はおぼえているかしら
あの白いブランコ
風に吹かれてふたりでゆれた
あの白いブランコ
日暮れはいつも淋しいと
小さな肩をふるわせた
君にくちづけした時に
やさしくゆれた白い白いブランコ」

 好きな歌です。
 連れ合いが
「うちでも聞かない」
とケシカケます。

尾瀬の夜明け

 一時ですが、30年は若くなりました。
 (2017.06.17.記)

続きを読む

スポンサーサイト

天保の飢え人

 天保年代(1830~43)は、寛政・天保小氷期と云われるほど、寒冷化が特に厳しい時代でした。
 冷害に見舞われ、作物の不作が続き、農村は飢饉に襲われました。
 東大和市域の村々は猛烈な飢饉により、下記の表のような飢人が発生しました。

天保8年飢人一覧
(クリックで大)

 この状況に蔵敷村では富裕者10人が稗15石を窮民50人に配布して一時しのぎをしましたが、追いつかず、幕府から15両を借りてどうにか切り抜けました。

 この年は飢餓が広範囲に及んだため幕府も「飢餓救方教諭」を村々に発しています。隣村の三ツ木村に宛てられたものが残されています。
  「貧民飢窮にせまり、余儀なきお助けと云い、軒別にこぞって隣村または追々御府内までもまかり出て物貰い、袖乞いなど致す・・・」として、村の人口が減り、村方が衰微するので、そのようなことのないようにせよと沙汰をしています。一方で、「米を買い占めたり、余業に穀物商いを始める者まで出てくる・・・」(武蔵村山市史上p1122)と指摘していることに、「いつの世も・・・」と嘆き節が聞こえます。

 前回紹介した作物の状況と合わせると村人達の呻きが直に聞こえてくるようです。(2017.06.04.記)
 
 

稗と粟が主食だった

 厳しかったです。江戸時代の末、東大和市の農業の実態です。
 蔵敷村に残された里正日誌によって少し分かってきました。

 天明年間(1751~88)の天災~不作~飢饉の連鎖は有名ですが、文化、文政期にもそれは続いていました。
 文政4年(1821)9月、蔵敷村では前年からの天候不順に作物が育たず、年貢減免の猛運動をしました。
 その時の作物の状況が「蔵敷村草損御見分書上帳」に残されています。

文政4年蔵敷村作付け
 (クリックで大 東大和市史p201)

 稗、粟、芋が中心で米・陸稲(岡穂)の作付けは低く、村人達はほとんど米を口にすることが出来なかったようです。
 しかも、年貢は現物で納められず、金納でした。同じ年の後ヶ谷村の村明細が残されていますが、
 「古来より困窮村にて、近くの山で薪をつくり、炭を焼いて、時には青梅、八王子、五日市、飯能方面に薪や炭を買い求めに行き、一晩中歩いて江戸のお屋敷に納めています」と駄賃稼ぎを訴えています。

 主食の生産が天災で皆無となり、ついに、蔵敷村では、翌・文政5年(1822)、78人の飢人が発生します。
 減免どころではなく、稗12石余を借り入れて、ようよう飢えを凌いでいます。
 食糧自給率39%(カロリーベース)の中での飽食、気懸かりです。(2017.05.29.記)
 

千葉卓三郎が奈良橋村に滞在

 五日市憲法草案の作成にあたった千葉卓三郎が奈良橋村(現・東大和市)に滞在していました。
 深沢村(現・あきる野市五日市)の観能学校の教師であり、「五日市憲法」の草案つくりの最終段階にありました。
 明治14年(1881)、奈良橋村から五日市の深沢権八宛に出した三通の葉書が残されています。

 当時の奈良橋村の鎌田家に滞在して、
 ①明治14年5月15日、自分が不在であっても観応学校の授業を進めてほしい。
 ②7月13日、集会条例などにより公務員の自由な言論が制約されているとの現状批判
 ③9月15日(推定)狭山円乗院で行われる自由懇親会への深沢の臨席依頼。
 の3通です。

鎌田家2
(千葉卓三郎が滞在した鎌田家)

 この間に、植木枝盛が活躍していた土佐を訪問したとの説もあります。
 多摩の自由民権運動は盛り上がります。
 ところが、同年10月12日、政府が国会開設を約束する詔勅を急遽発しました。
 全く残念でしたが、五日市の若者と卓三郎は、情熱を籠めて創り上げた草案を空しく深沢家の蔵に収めます。
下線文 それらのことを学びませんか!!
 平成29年度 東大和・市民大学東大和カレッジ(Aコース)
 が開かれます。東大和市立中央公民館(042-564-2451)にお問い合わせ下さい。
 受付は、まだ、間に合うそうです。 (2017.05.21.記)

自由民権運動 東大和市版

 東大和市の自由民権運動について、市民大学で学ぶチャンスが来ました。
 五日市憲法の草案をつくったとされる千葉卓三郎が一時東大和市に滞在しました。
 そこに焦点が当てられています。
 また、同時に朗読劇をしようという試みです。

29自由民権1
(クリックで大)

 お勤めの方々も参加可能のようにと、土曜日の午後が設定されています。
 東大和市、五日市の関係する場を訪れ、町田市の自由民権資料館を訪ねます。

29自由民権2
(クリックで大)

 市民として、私も一部を担当させて頂くことになりました。
 よろしくお願い致します。
(2017.05.17.記)
sidetitleプロフィールsidetitle

野火止用水

Author:野火止用水
 歴史大好き爺です。

sidetitleカテゴリsidetitle
sidetitle最新記事sidetitle
sidetitle最新コメントsidetitle
sidetitle最新トラックバックsidetitle
sidetitle月別アーカイブsidetitle
sidetitleLc.ツリーカテゴリーsidetitle
sidetitle検索フォームsidetitle
sidetitleRSSリンクの表示sidetitle
sidetitleリンクsidetitle
sidetitleブロとも申請フォームsidetitle

この人とブロともになる

sidetitleQRコードsidetitle
QR