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学校の先生も大変

学校の先生も大変

 明治も末から大正初年の頃のことです。村は財政難で、ついに、先生の給料が払えず、やむなく、先生が家庭訪問して未納の村税を集めてまかなった、という話が伝わります。

 当時の東大和市は、芋窪村、蔵敷村、奈良橋村、高木村、狭山村、清水村に分かれていて、共通事務を処理するため「高木村他五ヵ村連合村」という広域の組織を作っていました。
 学校は小学校だけで、
 ・芋窪村に第一村山尋常小学校(豊鹿島神社境内)
 ・奈良橋村に第二村山尋常小学校(雲性寺境内)
 ・狭山村に第三村山尋常小学校(円乗院所有地・現狭山公民館)
の三つの小学校を作り、子ども達が通って居ました。

明治末・大正初期小学校位置図640
(クリックで大)

 その様子を内堀小十郎氏が『ふるさとの今昔』で次のように記しています。 

「明治末期、小学校の義務教育は、六年と記憶している。ほかに高等科があり二年制になっていた。いわゆる尋常高等小学校である。高等科は義務制でなく、希望者のみ進学していた。

 小学校は三校あって、その位置を地形的に見ると、狭山丘陵をはさんで、北側に谷戸(現在の村山貯水池)を有し、南側のふもとに面して、東西に長く点在した閑静な村落にあったのである。児童の通学に便宜をはかり、村の中央に一校、東西に一校ずつあった。就学児童は行政上の区画に従って、おおむね定められた学校に通学した。私は東側にある狭山の小学校である。

 自宅は現在湖底に沈んでいる、狭山村字内堀である。学校までの距離は、途中に川あり、田んぼあり、曲りくねった坂道を越えて行くのだから、三キロは充分あったと思う。

 夏の長雨のときなどは、自宅からハダシで、下駄と弁当箱を腰に結びつけ毎日よく通ったものだ。その弁当もお正月中は、家でついた餅をもっていくから、まずまず上等の部類だが、それ以外は、さつま芋が常食だ。全体の八〇パーセントをしめている。そのために、昼食時には児童の中から、交代で毎日、芋の皮集めをしたり、あと片付けをする当番がいた。

 また、冬期になっても暖房装置は勿論なく、教室の片隅に大きな角火ばちが備付けてあり、まきを燃やして暖をとったものだ。そのまきも生徒の供出で、各クラス毎に割当が定められているから、当った者はよく枯れたまきを五、六本ぐらいずつ背負ってくる。方々からくるので相当数集まる。こうして冬の期間中は過ごしていた。

 静かな田舎のさとにも、遠慮なく不景気風は吹きまくってくる。その余波を受けてか、先生の給料が時々遅滞していた。役場から給料がもらえない時は、家庭訪問をかねて児童の家から未納の村税を先生自からもらっていくのだ、と聞かされていた。それほどまでに当時の生活状態は深刻をきわめていたのである。」(内堀小十郎『ふるさとの今昔』p11)

 この状況はさらに続き、児童増に教室が不足し、大正7年(1918)には二部授業を重ねるに至ります。ついに、村々は二重行政の解消、教育施設の対応などを目指し、大正8年(1919)11月1日、6ヵ村を合併して「大和村」となり新しい出発をしました。

 大正12年(1923)、三つの尋常小学校を一つにして、村山尋常高等小学校を発足させます。現在の第一小学校です。
 この経緯を知ると、当時の先生、児童、村人の大変さをつくづくと感じ、じっとして居られなくなります。

  (2019.07.07.記)

 小学校の制限外授業料の徴収を書きました。

羨ましい鳥とサクランボ

羨ましい鳥とサクランボ

まちなかの街路樹にサクランボ!
毎年楽しみにしています。
今年も見事に実を結びました。

DSC_6823640.jpg
(クリックで大)

いつもの年より実付きが多く、どうしたことかと疑うくらい多めです。 

DSC_6806400.jpg

東大和市桜が丘、桜街道、ヨーカドーとヤオコーの間です。
不思議に一本だけ、実を付けています。
しかし、よく見ると、サクランボがない枝がある!

DSC_6811640.jpg
(クリックで大)

そこだけ、綺麗につまみ取られています。
いつも道路に真っ黒くなって落ちるのに、今回は一つも落ちていない。
ナンでだろう。
DSC_6868640.jpg
(クリックで大)

急にバサバサという羽音です。
カメラを向けられているのもそっちのけで、夢中でむさぼり始めます。

DSC_6877640.jpg
(クリックで大)

あっという間に一枝、食べ尽くします。

DSC_6839400.jpg

見渡せば、集団です。
なかなか人間様には食べられないサクランボ、こう、自由に食べられるとは!!
思えば、自分も鳥(酉)年、どうにかならないものかと
羨ましい限りでした。
仕方がないので、帰途、780円で、ほんの一盛り、買ってきました。

(2019.06.21.記)

 大和基地跡地の部分開放・一時使用を書きました。

嬉しい贈り物

嬉しい贈り物

「息子さんからですよ」
と懇意な配達屋さんが、15日(土)、雨の中、荷物を届けて下さった。

早速、開けるとチーズの詰め合わせ。

「今年も焼酎送ったわよ。麦でいいんでしょう」
「有り難う、楽しみだ」
と数日前、娘と電話で話したので、

「これで届けば、両方揃うな」
とつぶやいていると
「○○さん、もう一回来ました」
とさっきの配達屋さん。

「父の日に開けなさいよ」
と連れ合いに釘を刺されて、一日待って、本日。
両方並べました。

DSC_6804.jpg
(クリックで大)

やっぱり、子ども達って、いいですね。
今夜は乾杯です。

(2019.06.16. 記)

 米軍大和基地について書いています

お礼状のアジサイ

お礼状のアジサイ

雨が降りました。
東京でも梅雨の入りが近いようです。
物置とブロック塀の間に20㌢ほどの隙間があります。
鳥が運んだのでしょうか、隙間にアジサイが芽を出すようになりました。

DSC_6792.jpg

今年は咲くかな
と楽しみにしていました。段々と背丈が伸び花を開きました。
連れ合いが言います。
「礼状の絵はがきにしたら・・・」

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先日、東大和市駅近くの自動販売機でお茶を買おうと、200円入れました。反応がありません。
ダメだったら返金をと、何度か試みましたが、反応がありません。
見ると、連絡先の電話番号が書いてあります。
念のためと、電話してみました。
「ご迷惑をおかけしています。返金をさせて頂きます。
 お宅様にお届けするか、書留でお送りします。
 どのように致しましょうか」

ということです。

「わざわざ届けて貰うのは、大変だから、送って下さい。
それより、次の方が、また同じようになるといけないのでは」
「すぐ、停止に参ります」
ということで、一時間後、同じ場所を通ったら、ガムテープで使用が出来ないように措置してありました。
そして、数日後です。現金書留が届きました。

「さて、この度は弊社の「自動販売機」の件で大変ご迷惑をおかけ致しまして誠に申し訳ございませんでした。
弊社製品をお求めいただいた大切なお客様にご心配をお掛けいたしましたことを深くお詫び申し上げます。
今後、品質管理の徹底により一層の努力をして参る所存でございますので、何卒、今後とも□□□飲料に格別のご愛顧賜りますよう、宜しくお願い申し上げます。
尚、ご購入代金として200円を御返金させて頂きますのでお納め下さい。末筆になりますが、○○様の一層のご健勝をお祈り申し上げます。」

とあります。当たり前のことかも知れませんが、とても、嬉しくなりました。
こういう企業理念が生きているんだ、と明るい気分になりました。
連れ合いは
「その気持ちを送ったら」
と云います。

DSC_67841800.jpg
(クリックで大)

「これがいいかな・・・」
と選びました。

(2019.06.07.記)

メリケン袋物語」(東大和のよもやまばなし)を書きました

楓(かえで)の種の語らい

楓(かえで)の種の語らい

 5月なのに30度を超し、後期高齢者には日中の外出が躊躇されます。
 でも、5000歩確保と、日差しを避けての道を思い浮かべます。
 そうだ、都立東大和南公園の木々の道がある、とルートが浮かんできました。

南公園31500
(クリックで大)

 期待通り、緑が深みを増し、少し風に揺られて爽やかです。木陰の場所を選んで歩きます。

南公園81500
(クリックで大)

 さすがに、若者もグラウンドには数が少なく、

DSC_67341500.jpg
(クリックで大)

 木陰で練習をしています。
 そうだ、この辺りに楓の木があるはず。あの種達が語らいを始めているはず。
 と探しました。

DSC_57261400.jpg

 ありました。
 まだ若くて、飛び立ちまでの時間を過ごしています。
 何を話しているんだろう、と気になります。

 「熱心ですね。何か話し合っているでしょ!この種(たね)達。
 私も好きなんです。」
 近くで、横笛の練習をしていた高齢の方が近づいてこられます。

「毎年、撮っているんですが、今年は、飛び立ちまで間がありそうですね」
「そうなんです。この時期は色艶が良くて可愛いですね」
「動きもあって、つい何を語ってるのかと、仲間に入りたくなります」
「これは良かった、私もそうなんです。
 下手ですが、お近づきに一曲聴いて頂けますか」
「よろしいんですか・・・」

 なんと、五木の子守歌が流れました。
 改めて、種達を見ると緩やかな揺れがリズムに合っています。
 初めての発見でした。
 またの再会を挨拶にして帰路につきました。
 
DSC_66941320.jpg

変電所の前では、小学生達が大声ではしゃいでいました。
エネルギーをわけて貰いたいです。

(2019.05.24.記)

 玉川上水開削の背景・ルートは を書きました。
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野火止用水

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 歴史大好き爺です。

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